白川方明氏の「中央銀行―セントラルバンカーの経験した39年」への疑問
日本銀行前総裁の白川方明氏が「中央銀行―セントラルバンカーの経験した39年」という題名の本をお書きになりました。マスコミでもしばしば取り上げられています。日本銀行による過去の金融政策に賛否いずれの立場だとしてもスポットライトが当たることは歓迎したいと思います。
しかし、ここで書評やレビューをするつもりはありませんが、白川方明氏の日銀総裁としての業績評価については私も与党の一員として円高デフレ脱却のために金融政策の提言をした一人として放置しておくわけにはいきません。
白川方明氏自身はこの本の執筆の動機を「第一に中央銀行の役割について社会全体としてもっと議論を深める必要があるとの思いが強く、そのための材料を提供したいと考えた。二つ目は総裁時代が激動の5年間で、リーマン危機、欧州債務危機、東日本大震災、2度の政権交代があった。これらの記録を残す責任があると考えた。三つ目は日本経済や日銀についての海外の理解が不正確で、耐えがたかった。」と述べておられます。その大部な内容は、先進各国の中央銀行の主流となっている金融緩和を断固として拒否するご自身の理論を正当化するものです。しかし本当に白川方明氏が金融政策に関する論議を深めたいと思っておられるのなら、退官後ほとぼりが冷めた今、著作による言いっぱなしの形でではなく、在職時に国会の場で国会議員相手に質疑応答の形で行うべきでした。
ひたすら国会での議論から逃げ回った白川方明氏
私は参議院議員在職当時、円高デフレ脱却を実現して、景気や雇用を回復させようとする立場から、日本銀行の総裁として参考人として国会に出席した白川方明氏と、通貨の信認、わが国でのハイパーインフレの可能性、ゼロ金利や量的緩和の解除の問題、銀行券ルール、日銀の説明責任などについて何回も議論しました。
残念ながら白川方明氏は都合の悪い質問は作りかえ、定義も示さず、さらには答弁拒否とまったく議論から逃げ回っていました。質問前の質疑通告の際に「きちんと答弁するように」と質問取りに来た日銀の若手官僚には再三再四申し入れたのですが、馬耳東風でせっかくの質問時間を浪費させられてしまいました。説明責任に欠けるアンフェアな態度だったと言わざるを得ません。公開の場できちんとした議論もできない中央銀行の総裁がいくら分厚い著書を著したとしてもそれは単なる言いっぱなしの自己弁護であり、学問的には意味のないことだと思います。
白川方明氏の知的誠実さの欠如の証拠として、以下で、拙著「デフレ脱却戦記2」(桜町書院刊)から、私と白川方明前日銀総裁との国会質疑の一部を解説付きでご紹介します。読んでいただければいかに白川方明氏の答弁がアカウンタビリティーに欠けたものであったのかをお分かりいただけるでしょう。白川方明氏のほかの答弁にご関心のある方はぜひ「デフレ脱却戦記2」をお手に取ってください。このほかにも雨宮正佳現日銀副総裁など日銀官僚による「独創的」な答弁をご覧いただけます。
「デフレ脱却戦記2」より白川氏との国会質疑の実例
参議院財政金融委員会平成23(2011)年4月12日での質疑です。3月11日、東日本大震災が発災しました。犠牲になった皆様のご冥福をお祈りします。当時の野党自民党とも連携して、復興のためには増税ではなく国債を発行すべきだと提案しました。
【金子:日銀引受の震災復興国債を発行せよ】
日銀引き受けで20兆円復興国債を発行した場合、副作用があるとしたらそれは物価が上がることです。しかし今、経済はデフレに悩んでいるわけですからむしろそれは好ましいことです。白川総裁を指名したのですが、雨宮正佳理事が答弁に立ちました。【その部分については、省略しますので「デフレ脱却戦記2」をご覧ください。】日銀の観点からは国債の買い切りオペよりも社債購入の方がまずいのかどうかという問題について、イエスノーで答えられる簡単な尋ね方で、ごく普通に確認したのですがきちんと答弁してはいただけませんでした。
「質問には答えない」という問題点は、日銀官僚が共有する欠点です。質問に真正面から答えることがそんなに難しいでしょうか。前回の白川総裁に続き、今は日銀副総裁となっている当時の雨宮正佳理事もこうした説明責任に欠けた答弁をします。当然、こうならないように今回の質問レクでは、質問にきちんと答えるように日銀事務方にきちんと申し入れてあったにもかかわらず、不明朗な答弁で、極めて不誠実です。万一、国家機密などが関わるのなら事前に答えられないと連絡してくればいいのです。
【金子:通貨の信認とハイパーインフレについて】
私に対してではありませんが、「通貨の信認」が失われてハイパーインフレが起きた例があったという白川総裁の国会答弁があったのでこれについての質問です。
【金子:わが国とボリビアやアルゼンチンは同じと主張するのか】
ここは皆さん笑うところです。こういうことを本気でやらされている日銀職員の皆さんに心から同情します。
【金子:ハイパーインフレは起こらないと考えていいか】
これまでの経緯から都合の悪い質問にはお答えになる意思もしくは能力がないとしか判断できませんので、ここも疑問の余地がない簡単なイエスノークエスチョンです。ところが・・
【質問と関係ない白川総裁の独演会がはじまった】
○参考人(白川方明君) 通貨の信認が崩れるということがあってはならないということで、各国とも努力をしております。したがいまして、例として、先進国は現在その通貨信認ということで原則が確立しております。その結果、先進国において激しいインフレが起こるということは戦後においては非常に少なくなってきているということであります。しかし、このことは通貨の信認を守る仕組みが重要でないということじゃなくて、まさにそういう重要な仕組みを尊重しているからこそそうした事態を避け得ているというふうに思っております。
白川総裁、ここは国会です。あなたの演説をする場所ではなく、議員からの質問に答える場所なのです。こんなに単純な質問に答えられないということは、痛いところを突かれたということで解釈していいわけですね。
【金子:質問に答えてください】
なぜ単純なイエスノークエスチョンに答えないのでしょうか。
【日銀:質問に答えることは不適切だ】
醜い理屈で堂々と答弁を拒否されてしまいました。ハイパーインフレが大嫌いな日銀がまともに答えたくないというのはやはりハイパーインフレは今の経済状況では「起きない」と解釈することで問題ないでしょう。金融政策の舵取りを誤るとひどいことが起きると主張してきたのはどこの誰なのでしょうか。
【金子:説明責任に欠如した総裁】
○金子洋一君 正直に申し上げまして、真っすぐにお答えをいただけないというのは甚だ残念でございます。
誰がどう見ましても、戦間期のドイツのようなこと、あるいは1985年のボリビアのようなこと、あるいは2001年のアルゼンチンのようなことは、我が国では通貨発行権を持っていますし、インフレファイターとして有名な日銀があるわけですから、こういった状況で誰がハイパーインフレが起こると考えているのかということになりますと、これはいないというふうに考えざるを得ないわけであります。
市中消化を前提とした場合で日銀の直接引受けをしてもインフレにならないということが、これはまた明らかになったわけであります。
ハイパーインフレもどういうふうに起こるのか分からない、その可能性についても(白川方明総裁は)言及すらできない。言及ができないということでしたら、それは「ない」ものだとしか我々には受け取れません。
例えば、「ハイパーインフレ、非常になりにくいんですが、こういうようなケースがあって、こういうことがあって、こういうことが重なれば我が国でもなります」ということだったら分かるんですが、そういった、社会学的に申しますと操作的な定義すらしていただけないのでは、公的機関のヘッドとしてそういう答弁を国会でなされるのでは大変困ると言うしか、私申し上げられません。
FRBバーナンキ議長が今回の白川総裁の答弁を聞いたらひっくり返るでしょう。透明性も説明責任もありません。
【金子:日銀券ルールが破られそうになって問題があったか】
具体的に質問をなければ回答が来る可能性すらありませんのでもっと具体的に質問します。
【質問に答えない白川総裁】
いつもどおり、都合の悪い質問には答えません。当然、これは「銀行券ルールが破られそうになっても問題は生じなかった」ということを、答えないことによって白川総裁は認めたということ以外の何者でもありません。
【金子:銀行券ルールは経済学的に意味あるのか?】
白川総裁とならんで出席していた学者出身の西村清彦副総裁はニヤニヤしていました。もちろん異論があるのだったら答弁していただいてもよかったのですが。
【金子:日銀券ルールを前提にしてもあと18兆円追加できるはず】
日銀が勝手に作った経済学的にも実証的にも無意味な「銀行券ルール」。あえてその土俵に乗ったとしても、長期国債をあと18兆円買えることになるわけです。
【金子:だって悪いことはなにも起きなかったではないか】
【金子:日銀は「通貨の信認」の定義をなぜか教えない】
国会質疑の事前通告のときに日銀の官僚に尋ねてもまったく資料が出てこないということは、存在しないと解釈するしかありません。それとも書かれた定義がなくても、行内の皆は解っているということなのでしょうか。それでは「通貨の信認」とは一子相伝の奥義になってしまいます。週刊少年ジャンプ「北斗の拳」の世界です(笑)
【金子:日銀の独立性はどこまで拡大解釈するのか?】
説明責任も、透明性もない日銀当局。国会での議論を避けるとは民主主義国家ではありえないこと。まさしく戦前の軍部の統帥権の独立ではないでしょうか。
実際、白川総裁は平成22(2010)年10月5日の記者会見で「私どもは、この中長期的な物価安定の理解を念頭に置きながら、先々の経済・物価情勢を点検していき、その結果として、物価安定のもとでの持続的な成長経路への展望が拓けていくかどうかについて、毎回の決定会合あるいは毎回の展望レポートで点検をしていき、その上で、そうした私どもの経済・物価の見通しをしっかりと示していくわけです。機械的な公式があり、この公式で金融政策が運営できるのであれば、そもそも中央銀行はいらないわけです。」と偉そうに発言しています。こうした発言を聞けば、複雑な作業が必要ではあっても「機械的な公式」よりもずっと優れた、誰の眼にも明確な判断基準がいくつかあってそれらに基づいて総合的な判断を下しているとしか聞こえません。それが実は定義すらできていないとしたらこれは国家の一大事です。
【金子:日銀は「判断は俺に任せてくれ」というが・・】
ハイパーインフレの問題に続いて、「通貨の信認」の定義も示せないようです。日銀は人前で発言できないような概念に基づいて、経済指標を処理し、判断していると言い張るのでしょうか。
【勝手に質問を変えて答え始める白川総裁】
答えたくない質問については恥知らずにも勝手に質問を作りかえるのが日銀官僚のやり方です。どうしてこういうことをするのでしょうか。すかさず私は叫びました。
【こら!勝手に質問を作りかえるな!】
【「通貨の信認は厳密に数量的に定義できない」と白状した】
「厳密に数量的に定義できないけれども、しかし、大事なことは世の中にはたくさんあるというふうに思います。民主主義もそうですし、この通貨の信認ということもそうだ」というのはわが国の経済史に残る迷言になると思います。
質問に答えない上、逆切れして、ついに「通貨の信認」は定義できないと認めてしまったわけです。また、ここで白川総裁は「厳密に数量的にはできない」と答弁していますが、日銀側からは「定性的」にすら定義が示されていないことに注意してください。定義の明確ではない議論は議論の名に値しません。
【データの公開を求める⇒当然日銀は公開しない】
もちろんその後、日銀は公表してくれませんでした。本当に彼らは説明責任という言葉とは無縁な組織です。
【金子:無能な中央銀行は解体すべきだ(怒)】
つまり、「古い無能な中央銀行はぶっ潰せ」と発言したわけです。多くの同胞が犠牲になった未曽有の震災後に自分の組織のことだけ考えて何の政策も打たない日本銀行には強い憤りを感じます。知性はもちろん人間性も欠けているとしかいいようがありません。
以上、「デフレ脱却戦記2」からの解説付きの引用です。この質疑の解説なしの全文は白川日銀総裁「通貨の信認は定義できない」にあります。