日銀が仕事をしなかったから円高不況が起きた

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消費者法ニュース」で連載2稿目の掲載号が10月末に発行されました。消費者法ニュース編集部のご厚意でブログにアップするご許可をいただきましたので転載します。この機会に「消費者法ニュース」のご購読もよろしくお願いします。なお、前回の原稿は「消費増税をめぐる2つのインチキ」です。

わが国に爪あとを残した円高不況

リーマンショックが起きてから今年の9月で10年がたちました。リーマンブラザーズという投資銀行による負債総額64兆円という巨額の破綻が引き金で起きたこの米国発の金融危機は、わが国経済に円高不況と失業率の上昇という大きな悪影響をもたらしました。

当時1ドル110 円近かった円ドルレートが年末には90 円台を大きく割り込む急激な円高ドル安が起きました。これが最終的には75円近くまでになり、平成24(2012)年末まで続いた超円高のはじまりでした。特に、その性格は各国の通貨に対して円だけが高くなるという「円の独歩高」でした

円高が輸出を阻み、倒産や、自国企業の生産拠点が海外に移転することにより、国内産業が衰退していく産業空洞化がおきました。当時、わが国では円安に誘導するために円を売ってドルを買う為替介入が行われましたが効果は薄く、特に自動車などの輸出産業を中心とした産業界は辛酸をなめました。なんとかしてこの円高をなんとかしなければ、わが国からすべての工場が海外へ移転し、ものづくり産業がなくなってしまう、そう思ったのは私だけではないでしょう。

エルピーダメモリのように会社更生法適用に追い込まれた大手企業もありました。エルピーダメモリの競争相手となったのはDRAMの韓国サムスン電子をはじめとした企業でした。韓国は産業政策が徹底しており、輸出促進のためウォン為替切り下げの政策を採っていました。特に、リーマンショック後、それ以前と比較して一時日本円とウォンが二倍近くウォン安になりました。その上、法人税、投資減免措置が与えられ国策でバックアップされているサムスンと競争して勝てるわけがありませんでした。

金融危機の震源地である米国の鉱工業の生産額は約15%低下したのですが、わが国では実にその倍の30%以上も減少してしまいました。それはなぜだったのでしょうか。

リーマンショックが日本に「感染」したのは日銀のせい

わが国の完全失業率をみればリーマンショック前の平成20(2008)年上半期には約4%程度だった失業率は翌年夏には5.5%とうなぎのぼりになりました。なぜ、米国発の金融危機がわが国にも大きな影響をもたらしたのでしょうか。

破綻の直後にはわが国への影響は軽いと政府日銀当局は主張していました。事実、わが国の金融機関はサブプライムローンというリーマンの破綻の原因となった金融商品にはほとんど手を出していませんでした。だから金融機関への悪影響はないだろうというロジックでした。

しかし、われわれはその後、2009年7月に5.5%という戦後最悪の失業率に陥ってしまったことを知っています。なぜなのでしょうか。それは日銀がわが国経済が危機に直面しても諸外国とのおカネの増し刷り競争をしないという政策ミスをしたからなのです。

ところでここでは景気の良し悪しを示す指標として完全失業率を取り上げました。この完全失業率は、15歳以上の働く意欲のある人の人数(労働力人口)のうち、職がなく、求職活動をしている人数(完全失業者)が占める割合を示すもので、%が低ければ低いほど経済がよい状況にあると解釈します。日本全体の景気が良くなることによってはじめて企業も雇用を増やし、その恩恵が働くものに及びます。だからこそ景気をよくすることが格差や貧困を克服する最初の一歩となるのです。ただし注意しなければならないことは、ここでは最低賃金ぎりぎりで働く非正規労働であっても働いていさえすれば失業者にカウントされませんので、何十年も前の年と今年が同じ完全失業率であったとしても、正規・非正規の比率など労働の質の差が反映されていないため決して同じだとは解釈できないのです。この雇用の質の点をどう考えればいいのかについては後日取り上げたいと思います。

紙幣の増し刷り競争を拒否した日銀が元凶

なぜわが国だけに大変な自国通貨高(円高)がおきたのでしょうか。なぜ輸出産業を中心に大打撃がおきたのでしょうか。

リーマンショックへの米、英、欧州のそれぞれの中央銀行の対応はすばやいものでした。中央銀行の本来の役割は、その国の経済が落ち込めば金融緩和で刺激し、また金融機関が経営不振に陥ればそれを救済することの2つです。どちらか一方が欠けてもいけません。不況を打開するためや、金融危機によって経営危機に陥りかねない金融機関に対して具体的手段としてはおカネを供給します。その際に国債をはじめとする資産を市場から買い、その代わりに市場に通貨を供給することを「バランスシートを拡大する」といいます。こうすることによって、中央銀行の資産(国債、ETFなど)と負債(日本銀行券や市中銀行が日銀にもっている預金残高など)がバランスシート(総資産)の貸方借方両建てで増えることになるのでこうよばれます。簡単にいえば中央銀行が総資産を拡大するのです。

下のグラフはリーマンショックに際して主要国の中央銀行がそれぞれどのようにバランスシート(総資産)を広げて通貨供給量を増やしたのかを示したものです。米英欧の中央銀行は数倍に資産を拡大したのにもかかわらず、日銀はなにもしなかったのです。

「米英欧の中央銀行は数倍に資産を拡大した一方、日銀はなにもしなかった」

(資料)各国中央銀行統計より現・日銀審議委員の片岡剛士氏作成

破線で楕円形に囲まれた部分を見てください。リーマンショックへの対応で2008年の夏から秋にかけて、米英欧の中央銀行と違いただ日本銀行だけがまったくおカネを増やしていないことが一目瞭然に分かります。先進諸国は、民間部門を救うために財政出動や中央銀行が市場から国債などの債券を大量に買い入れ、直ちに総資産を2倍から3倍に膨らませ、それによってベースマネー(中央銀行が市場に直接供給するおカネのこと)をふんだんに供給するという、戦後初の大規模な金融緩和を行いました。その結果、各国は深刻なわが国と比較するとリーマンショックによる傷は浅くてすみました。一方でわが国の中央銀行である日銀はこうした紙幣の増し刷り競争に参加しなかったのです。それが災厄をもたらしました。

金融機関のことしか考えなかった日本銀行

わが国では当時の経済財政相の与謝野馨氏は「日本にももちろん影響はあるが、ハチが刺した程度」と嘯き、また、当時の白川日本銀行総裁も「全体として、わが国金融システムの安定した状態が脅かされることはないとみています。」と、円高で輸出に大打撃を受けることが明らかな産業界を無視して、金融セクターのことしか考えませんでした。金融機関への気遣いとして短期的資金は供給されましたが、肝心の円高の及ぼす生産や輸出への悪影響といった実際の経済の動きをまったく無視しました。

わが国だけおカネを増やさないことで大変なことが起きました。円がドルやポンドなどに対して高くなる急激な円の独歩高です。上のグラフで分かるように他の国がお札の供給をリーマン前に比べて2、3倍も増やす一方で、世界中にある日本円の量はほぼ変りません。円と外貨の交換をする為替市場で需要と供給の関係が働き、相対的に円の希少価値が高まり、市場原理が働いて急激な円高が生じたのです。

例を挙げればわが国の主要な輸出産業である自動車産業全体では当時、年間1円の円高ドル安は損益計算書上で約800億円の損失を生むとされていました。トヨタ自動車単独では1円円高で340億円の損失となります。1ドル110円から90円への20円の円高ともなればトヨタ一社で単純計算で約7千億円の損害です。しかも、この数字には円高による現地価格上昇による海外での販売数減少は考慮に入れていません。

日銀は自らのOBの天下り先である金融機関のことしか考えなかったのでした。彼らにはリーマンショックが円高を通じてどれだけわが国の輸出産業に打撃を与えるのか想像する能力に欠けていたと言わざるを得ません。

これだけ為替レートでハンデを背負うと企業単位でどう努力しても焼け石に水です。今から20年前、アジア各地に行くと現地の家電は多くが日本製でした。町を歩けば日本企業の看板も至る所にありました。自動車産業も同じでした。しかし、長くうち続いた円高の悪影響で、気がつけば日本企業はアジア諸国の後塵を拝してしまいました。一つ一つの企業の努力では克服がとてもできません。わが国企業の創意工夫が足りないことがこの衰退の原因でしょうか。いえ、政治の無策による円高が最大の要因です。企業も個人も金融政策を左右できません。企業も労働者も現場で一生懸命がんばったのですが、政府と日本銀行の無策には勝てませんでした。

平成20(2008)年10月31日には0.2%の金利引き下げと形ばかりの金融緩和が行われましたが、その後の記者会見でも白川総裁は、「金融緩和効果を上げていくことだけに焦点を合わせれば、金利引下げ幅を大きくするという考え方も出てくると思いますが、一方で、金利引下げ幅を大きくしますと、短期金融市場を中心に金融市場の機能に悪影響が及ぶ可能性があるため、両者はトレードオフの関係にあると言えます。」と金融セクターにのみ気を配って、まったく的外れな危機感のない発言をしていました。

こうした金融無策により、リーマンショック後のわが国経済は円高に打ちのめされ、失業率も戦後最悪となってしまったのでした。

日銀の行動をただす「リフレ政策」が必要だ

私も、参議院議員として予算委員会などで、当時の白川日銀総裁をはじめとする日銀官僚に対して「円高対策を行え」と求め続けましたが、既に金融緩和は十分に行われているとして、日銀の総資産を拡大しない方針は変りませんでした。(このあたりのやり取りは8月12日に刊行した拙著「デフレ脱却戦記2」(桜町書院)をお読みください。)

やるべきことは世の中におカネをどんどん供給すること

リーマンショック後の最大の政策課題は円高デフレの克服でした。(実は現在でもデフレ脱却は引き続き課題でありつづけています。)この経済の停滞の最大の要因は、かつて喧伝されたような金融機関の不良債権などの構造問題ではありません。その解決のためには、先ほどの円の独歩高が生じたロジックを逆回しにすればいいのです。つまり、日銀が金融政策を直ちに転換し、市中におカネを供給するために、国債などを大量に買い入れることによって、先進各国が採用している中央銀行の総資産の拡大をすればいいわけです。こうした「おカネを供給することによって円高やデフレを解決しようとする政策」を「リフレ政策」と呼びます。

実は、日銀の怠慢はリーマンショックへの対応にはじまるものではありません。日銀の資産を拡大しておカネを供給すべきだということを私は平成22(2010)年から当時与党であった民主党のデフレ脱却議員連盟の事務局長として唱えていたのですが、実現されたのは安倍政権の元ででした。実はそれがアベノミクスの「第一の矢」でした。

アベノミクスのいわゆる3本の矢全体の評価については次の機会に譲ります。