大前研一氏の『もはや国債の発行余力を失った日本政府』を読む

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大前研一氏が日経BPネット上で2010年3月10日に、『もはや国債の発行余力を失った日本政府』という文章を発表しています。ところがその内容はあまりにもひどい内容です。当然、ネット上でも完膚無きまでに論破されていることだろうと思っていたところ、まったくそうでないことに気がつきました。

正直言って無視してもいいレベルの内容ですし、果たしてご本人がお書きになっているかすらあやしいのですが、大前研一氏といえば経営コンサルタントとして大変著名であり、その発言を真に受ける方々も多いことでしょうから、きちんと誤りを訂正しておく必要があるでしょう。

大前研一氏の主張の要旨は以下の通りです。

《我が国の国と地方をあわせた政府部門の資産から負債を差し引いた「正味資産」が大幅にマイナスなので、政府は財政健全化の道筋を早期に示す必要がある。ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペインの財政破綻予備軍のPIIGS諸国よりも、日本のほうが財政の実態ははるかに悪い。》
《海外の投資家が日本の公的債務をまだ比較的安全と見ているのは錯覚に基づいている。国債の買い手は金融庁に睨まれた銀行とか生保、亀井大臣の大本営が経営する郵貯や簡保、そして日銀や中小企業金融機関などである。》
《国債の約6%(44兆円)は外国人が所有している。彼らが一斉に売り浴びせれば、ダイナマイトどころのインパクトではすまない。日本の金融機関も当然パニックに襲われ、狼狽売りせざるを得ないだろう。》
《巨額の赤字国債が発行される今、「政府の正味資産が実はマイナス」と言い出した民主党の「度胸のよさ」には、私は感心してしまう。本当は、赤字国債の発行余力などないのに、これからどうしようと言うのだろうか。》

これらの論点について、一つ一つ検討していきます。

1.第一の「我が国の正味資産が大幅にマイナスである」という主張について

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(大前論文より引用)

政府のバランスシートを考える会計は「公会計」といいます。この公会計においては、通常の企業会計とまったく違った概念がたくさんあります。その最大のものが、「中央政府には徴税権と通貨発行権がある」ということです。中央政府が国債発行により多額の負債を抱えた場合にも、増税をするとか、中央銀行に市場から買い取らせるなどによって負債を減らすことができますし、あるいは通貨を発行してインフレを起こすことによって実質的な借金の棒引きを図ることもできます。歴史的にみれば多くの先進国では、金利よりも成長率の方が高いという条件の下で、過去の国債を借り換えながら実質的に償還を先延ばしにしてきました。

大前研一氏が提示している「バランスシート」は、借方(左側)にある企業の資産と、その資産購入資金の調達元としての貸方(右側)といった関係がないので、企業のそれと同じ意味の「バランスシート」ではないことは注意しておく必要があります。また、地方自治体は徴税権も限定されており、通貨発行権もないため大前氏と同じ発想で企業と同じようなバランスシートを作ってもいいわけでしょうが、中央政府の場合は違います。

今、大前研一氏が提示しているようなとらえ方の中で、徴税権と通貨発行権をどのように評価すればいいのか。ちょうどM&Aをこれからしようかどうかと判断する際、買収先の企業の価値を計算しますが、その時に、生じる企業のブランドやあるいは特定の事業を行う免許などの「のれん」と同じように考えることも一つの道でしょう。しかし、本来のバランスシートには「のれん代」は入っていませんので、やはり一番正しいのは、企業会計の考え方を中央政府に無理やり当てはめるのをやめることではないでしょうか。

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(大前論文から引用)

それでもあえてこの我が国の「徴税権」の現在での価値を考えるとしますと、景気が回復すれば我が国の中央政府の税収は平均して毎年50兆円くらいあることでしょうから、この税収を今の夕張市のように住民サービスを削れるだけ削って主に国債の償還に使うと考えるのです。

これは毎年50兆円のリターンをもたらす債券と同じだと考えられます。今の長期金利は1.5%程度ですから、50兆円÷1.5%で、3333兆円となります。むりやり3%で計算をすると、1667兆円です。また、仮に毎年40兆円は住民サービスに使うとしたならば残り10兆円がネットの収入となりますので、上の数字の5分の1の価値(666兆円もしくは333兆円)になります。

これに加えて、「通貨発行権」の価値が加わります。現在の日銀券の発行残高が約80兆円ですが、毎年毎年未来永劫にわたって80兆円分の紙幣を流通させられる権利の現在価格がどのくらいになるか、ちょっと判りません。

「徴税権」、「通貨発行権」の二つをあわせると、幅はありますが数百兆円から数千兆円の現在価値が上乗せされるわけで、政府の正味資産はマイナスどころか大いにプラスです。

もちろん、これはあえて企業会計と同じ方法で計算したと仮定した場合であって、先ほど書きましたように、国には徴税権と通貨発行権があるので、そもそも企業会計の枠内でとらえるべきでないと考えるべきでしょう。

また、大前研一氏は文中で、「年金という隠れ債務」が存在するとしていますが、年金も賦課方式、積立て方式いずれにせよ、仮に単年度の収支が大幅に赤字になり、年金特別会計の残高が激減するなどしてまかないきれなくなれば、これは必然的に給付水準を下げるという方向での制度変更が生じるため、今回の計算の趣旨を考えるとあまりに債務の大きさを強調するのはミスリーディングではないでしょうか。

さらに、《国が持っているのは、流動性がきわめて低い資産だけである。バランスシート上に書かれている金額ほどの価値はない。「マイナスになるらしい」どころではない。現実はマイナスもマイナス、大マイナスなのだ。》という主張もありますが、以前から「大マイナス」がずっと続いているなら、大前研一氏のロジックが正しければ、もうずっと前から国債を発行しても誰も買ってくれなかったはずではないでしょうか。なぜ今まで買っているのでしょうか。投資家が馬鹿だからということで片付けていいのでしょうか?

以上が、大前研一氏の「我が国の正味資産が大幅にマイナスである」とする主張への反論です。

ところで話は変わりますが、ではPIIGS諸国(ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペイン)についてはどう考えるべきでしょうか。

これらの国々はEUに加盟したため各国の中央銀行は存在しませんので通貨発行権は持っていません。徴税権は持っています。しかし、付加価値税はEU指令にもとづいて既に15%から25%の間に設定されているなど、増税の余地は限られています。またEU内では人モノカネの域内の移動が簡単ですから、増税した場合に富裕層は国外逃亡するかもしれません。それに加えて、少なくとも短期的には最大の問題であるキャッシュフローの問題があります。いくら有望な資産でも、今誰も買ってくれなければ暴落します。バッファーとなりうる自国内の個人資産という忠誠心が高いであろう引き受け手は日本と比較してきわめて小さいのが現状です。これらの悪条件により財政破綻の可能性が高まっているのだと考えています。

2.第二の、「国債の買い手である銀行や生保、郵貯は、強制的に買わされている」という主張について

これはどういう根拠でおっしゃっているのでしょうか。こういう話は現時点ではまったく聞いたことがありません。2001年までは、大蔵省が年金の積立金や、郵貯の資金を一手に引き受けて財政投融資に回していましたが、今は少なくとも明示的なものはないはずです。それとも私が知らないところで今でも行われているのでしょうか??

仮に大前研一氏の主張が正しいと仮定をしてみましょう。無理やり国内の機関投資家が国債を買わされていたとした場合、その結果、需要が大きくなっているのですから、我が国の国債は本来の価格よりもとんでもなく高くなっている(利率が低くなっている)わけです。そんなに値段の高い国債をわずか6%のシェアとはいえ外国人がなぜ買うのでしょうか。やはり強制的に買わされているということはあり得ないのではないでしょうか。

3.第三の、「外国人が国債を売り浴びせる」という主張について

国債を強制的に買わされておらず、売買が市場で通常通り行われている以上、「外国人が国債を売り浴びせる」ということも起こりえません。おそらくこのあたりは固定相場を維持している国で外国への負債のデフォルトの可能性がきっかけとなって国債が急激に売られることとイメージが重なってしまっているようですが、日本と、過去のこうしたことが起きてしまった国(例えばアルゼンチン)では、固定相場制と変動相場制、外国での国債消化の多寡の違いがあり、我が国では売り浴びせを行っても自分は儲かりませんので、起きえません。仮にそれを行おうとした投資家が出ても、為替介入をすることで防衛ができます。

百歩譲って、そうした売り浴びせが起きた場合、外国人投資家は円建ての国債を売って、外国の通貨(おそらくドル)に変えるのですから、44兆円の国債売却によって急激な円安ドル高が起こるはずです。はたしてそれがどのくらいの規模でどのくらいの期間続くのか、市場参加者の心理に左右され、計算のしようもないですが、長期間続くとしたら、円安の期間は大いに我が国の輸出は伸びるはずです。ひょっとしたらそれで景気回復が実現できるかもしれません、ほとんど悪い冗談ですが。

4.第四の、「我が国には国債の発行余力がない」という主張について
これまで大前研一氏の主張については根拠がないことを書いてきました。そして最後の「我が国には国債の発行余力がない」という主張にたどり着いたわけです。もちろん、これもこれまでの主張が間違っていたのですから本来なら検討に値しません。

そもそも「正味資産がプラスなら国債が発行でき、マイナスなら発行できない」という発想自体企業会計に引きずられた考え方です。その理由は最初に述べたように、国には徴税権と貨幣発行権があるということにあります。

財政破綻をあおり、役にも立たないアドバイスやさまざまな金融商品を売り込む商法がこれまではびこってきましたが、その手の文章も顔負けの今回の論文、大前研一氏の令名に傷をつけるものにならないことを祈っています。

5.本当の問題点は「国債の発行余力」がありすぎる経済の現状だ
実は我が国には国債の「発行余力」はありあまるほどあります。しかし、我々は安心していいわけではないのです。

経済がフル稼働していたならば国債を発行して財政支出を行えば、あまったお金はないので当然金利は上昇し、経済に悪影響が起きます。いわゆるクラウディングアウトです。今、国債を増発してもほとんど金利が上がらないのは、それ以上に景気悪化のスピードが速いからです。

景気が悪くて、企業や家計がお金を使いたくても使えない、節約しなければ立ち行かないわけです。デフレの下で、今日お金を使うよりも明日使う方が有利になっているわけです。その明日になれば、明後日の方が有利になり、極端な表現をすれば永久にお金を使わなくなってしまいます。このままでは景気が落ち込む一方ですから、政府がやむなく財政支出を企業や家計の代わりに行っているのです。言い方を変えれば、国が企業や家計が使わずに貯蓄に回しているお金を、国債を発行するという形で政府が吸い上げ、代わりに使わないと景気の下支えができないのです。

毎年毎年、国債の発行残高は増える一方で、我が国の個人金融資産も増えていきます。特に、個人の現金と預金は最近、景気が悪くなれば残高が増えるのです。企業でいえば、銀行からの借り入れがどんどん増える一方で、企業内の余剰資金も増えていっている状態なので、そんなことがおきるのかとも思われるかもしれません。これが企業と政府の根本的に違うところです。これはとりもなおさず最近の不況の原因として、所得の減少よりもデフレであることが経済にボトルネックを作ってしまっていることの影響が大きいことの証拠です。逆に言えば、個人がお金を使う気にする環境を作れれば、すなわち物価が下落しているデフレの状態を脱出することができれば景気は簡単に回復します。現時点でその唯一有力な手段が、経済をデフレから脱却させることを政策の目標としているリフレ政策なのです。

【このエントリーは、今後、手を入れることになると思います。】

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