リフレ政策と構造改革の共存は可能か?

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構造改革」という言葉の定義は極めて曖昧であり、例えば政府の構造改革関連のパンフレットにも明確な定義は見あたらない。そこで政府与党の主張に基づいてその意味を整理すると次のような内容になろう。

 第一に、規制緩和や、道路公団民営化にみられる公的部門をスリム化させることによって、官から民へとビジネスチャンスを広げること。
第二に、金融機関の不良債権処理を通じて、民間の新規事業に資金を供給し、新たな産業分野を生み出すこと。
第三に、非効率な財政支出を削減することによって、長期的にはプライマリーバランスを回復すること。特に、小泉前総理の考えでは、郵政民営化、財政投融資改革、特殊法人改革によって財政再建を行うことである。

政府及び小泉純一郎総理は、このように構造改革は日本の各分野に著効があるものとして「構造改革なくして、景気回復なし」と唱え、多くのマスコミや世論はその政策を熱狂的に支持した。さて、この小泉構造改革が、政府与党が約束するほど素晴らしいものであったかどうか検証する時間はない。仮に、これらの構造改革が額面通りの成果を収めたとして、果たしてこれらの政策が本当に、当時の日本経済が直面していた長引いたデフレに対する対応策として適切であったのかどうか。

デフレであるということは、需要が供給を下回っているため生ずる現象である。仮に、供給が不足であるならば、1970年代から80年代のイギリスや米国のようにインフレに苦しむこととなる。ここで、政府与党による構造改革の効能書に戻れば、構造改革とは経済の供給力を増大させる政策であることは明白である。リフレ政策派からの解釈によれば、現在デフレからの脱却が終わっていない、いいかえれば長期の調整過程にあると考えられる日本経済にとってはGDPギャップをいたずらに拡大させ、デフレを不必要に悪化させてしまうものとなる。

また、構造改革の過程で、不良債権の処理を行えば、民間企業の活動もより低調となるのではないか。その場合には、例えば、ノーベル経済学賞学者のスティグリッツも「景気が悪いときに構造問題に取り組むのは、好況のときよりも難しい。不況期に不良債権処理を強力に押し進めようとすれば、景気がさらに悪化して新たな不良債権が発生してしまう」と日本での講演で述べているとおり、すくなくとも短期的には逆効果になりはしないか。

とはいえ、これからの人口減と高齢化(=資金不足)、さらには原油価格の趨勢的な高騰の下、長期的に供給力(特に労働生産性)を増強することは重要である。また、膨大な財政赤字の累積にも鑑み、今後の短期的なマクロ経済安定策は、赤字公債の発行を伴う財政政策ではなく、基本的に金融政策に頼るべきであることはいうまでもない。

そこで、政策を無事に実行するために、構造改革にみられる長期的政策の実施とデフレ克服のための政策の調和をはかる必要がある

そのためには必要な政策を以下のように順を追って実施していく必要がある。

第1段階:「デフレ脱却」を政策目的とする段階。現時点の経済情勢を踏まえれば、これ以上の金融引き締めを行わずに平成20(2008)年央位まで。

第2段階:「プラスの政策金利の実現」を政策目的とする段階。金融政策正常化のための段階であり、インフレターゲット政策によりプラスの政策金利を実現する。望ましいインフレ率は論者によって異なるであろうが、消費者物価指数を基準に考えた場合、下方バイアスを考慮に入れて3%から4%程度。2年程度の期間。

第3段階:「実質経済成長率>国債利回り」を実現し、構造改革を実施する段階。

1980年代以前は、米英両国では高いインフレ率に悩んでいた。原油価格の高騰や労働生産性が低かったことが原因である。それに対応してレーガノミクスやサッチャリズムによる構造改革政策が取られたが、その成果は、1990年代初めまでは景気に現れることはなかった。このため当時両国ではこれら二つの構造政策は失敗であったと評価されていた。しかし、ラグの期間の差はあるものの両国とも1990年代半ば以降からマクロ経済での成果が現れたものと考えられる。その結果、両国では貧富の差は開いたものの新たな産業分野で活発な経済活動がうまれた。マイクロソフト、フェデックスあるいはシスコといった企業はこの恩恵を受けた企業で、それ以前には存在しなかった企業である。

日本の小泉改革と、米英のレーガノミクス、サッチャリズムといった構造改革では、デフレ下での改革かインフレ下での改革かという実施環境に大きな違いがある。米英はインフレ下で行うという正しい選択をした。また、構造政策の効果は5年を超える長い時間を経てはじめて発揮されるものであることが、米英の経験から学ぶことができる。このことから先に述べた政策目的ごとの段階をきちんと守る必要がある。

また同時に日本的経営の長所を残した形での構造改革の実現はできないだろうか。例えば、雇用を正規雇用から臨時雇用への移行させる動きをとめる代わりに、労使間での協調的賃金設定やワークシェアリングを行えないか。また、年功賃金にはもはや長所はないというしかないのか。そもそも高度成長期に整合的だった組織原理が、低成長であるデフレ期に不適合なのは分かるが、再び成長を果たすために足を引っ張るのか引っ張らないのか、むげに捨て去ることなく、少し立ち止まって考えてみるくらいのことはしてもいいのではないか。

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