日銀の「逆噴射的マクロ政策」

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専修大学経済学部教授の野口旭氏が、平成16(2004)年7月6日号の「エコノミスト」誌に掲載された『日銀と経済学者が「歴史的和解」をする日』という論文で、日銀の金融政策についてあまりにも受け身過ぎたとして論評しています。もう既に3年以上前に発表された論文ですが、いまだに読む価値のあるものですので、ちょっと紹介したいと思います。

まず、野口旭氏は、バブル崩壊からの長きにわたる、一般に「失われた10年」と呼ばれる日本経済の長期停滞は、平成6(1994)年に行われた日銀のコールレート引き上げ、橋本龍太郎内閣によって行われた平成9(1997)年の財政引き締め、デフレ下のデフレ政策であった平成12(2000)年8月の日銀によるゼロ金利解除などの『逆噴射的マクロ政策の失敗』によって生じたものであるとして論じ、それ以降の日銀の政策態度を「日銀流理論」と名付けて批判しています。

野口旭氏によると、

《日銀流理論とは、「通貨供給(ベースマネーおよびマネーサプライ)と物価は中央銀行が制御しうる変数ではない。それらはもっぱら民間経済の動向によって決まる。中央銀行がなしうるのは、ただ民間経済主体の必要に応じて通貨を供給することだけである」とする考え方であり、まさしく真性手形主義の現代版である。》

と述べています。ここに出ている「真性手形主義」とは、中央銀行は通貨の供給を「取引の必要」に応じて行いさえすればいいという考え方であって、

《中央銀行にとってはきわめて都合のいい考えである。というのは、それによれば、インフレもデフレも中央銀行の責任ではないことになるからである。しかし、その金融政策原理としての弊害は明らかである。真性手形主義は、景気循環に伴う貨幣需要の拡大や縮小に同調して中央銀行が貨幣供給を行うことを意味する。》

と野口旭氏は指摘しています。 この真性手形主義に立つと、景気に対しては受け身になり、通貨の需要がなければそれを広げようと経済に働きかけるよりは、現状を肯定し、逆に引き締め勝ちになります。過熱している場合には逆に金融を緩和してしまうことになります。これは本来、景気に対して逆に動くべき金融政策が、景気の変動を逆に増幅するように行動することを意味します。

このような立場を容認する日銀に独立性を確保させると、自民党中川秀直幹事長にいわせると「関東軍」ということになります。こればかりは中川秀直氏に賛成します。が、幸いなことに、福井俊彦総裁は、就任前の予測とは異なりデフレ退治にかなりの程度力を入れてきました。なぜ、福井日銀総裁がそのような考えに至ったのかは分かりませんが、日本経済にとってこの日銀の転進は幸いでした。

ところが、最近の経済の動きと日銀の態度を見ていると、またこれまでの日銀流理論に逆戻りしつつあるのではないかと危惧しています。

最近公表された景気動向指数の動きや日銀短観のデータを見ても、よく見ても景気は踊り場にあり、今、追加利上げをすべき局面にはありません。巷では、7月の参議院選挙の後の8月中旬の日銀金融政策決定会合で利上げに踏み切るといわれています。景気がよくなっている局面で引き締めをするなら分かりますが、そうでない局面で引き締めをするという理屈は分かりません。

マスコミの論調でも「水準はまだ高い」とおっしゃる方も多いのですが、それは素人の議論です。バブル期に景気は水準で見るべきでなく方向で見るべきだと明らかになった教訓を無視しています。日本経済全体を考えるのならば、もうしばらく待ってデフレ脱却が明らかになった時点での金融引き締めで遅くはないと考えます。

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