元気な女の子が生まれました

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伊勢市の山田赤十字病院にて第二子が生まれました。元気な女の子です。おかげさまで母子ともに健康です。

妊娠中に逆子だということがわかり、地元の助産院さんの助言を受け、逆子をなおす体操をしたり、足の小指の至陰というツボにお灸をすえたり、妊娠中の体調を整える当帰芍薬散を飲んだりと大騒ぎをしました。なにせ夫婦合わせて87歳と高齢ですからいろいろと心配します。

結局、検診を受けた当日に、胎児の体重も軽く、やはり帝王切開が必要だということになり、翌日の夜、夕食を済ませてから入院に付き添っていきました。

あけてその翌日の午後、名医と評判の高い西村公宏先生の執刀で手術ということになりました。現代の医療水準では決して心配はいらないとはいってもやはり気にかかってしまうのが人情です。家族待合室でじっと待ったのですが、当初は1時間程度と聞かされていたのにもかかわらず緊急の手術が続き、実は開始が遅れました。麻酔などの作業中も、妻は手術に立ち会うまわりの皆さんと「○○さんを知ってる?」などと雑談しながらのリラックスした雰囲気だったそうです。

しかし、外で待つ我々にはそのようなことは知る由もなく、ただ時間が流れる中を漠然とした不安を感じながら待ちました。待つこと2時間近く、「金子さん」と名前を呼ばれた視線の先には、手術室から運ばれてきた保育器に入った我が子がいました。結果的には手術自体がはじまってから10分程度で無事出生でした。体重2626グラムと小さかったのですが元気でした。山田赤十字病院の皆さんありがとうございました。初日は保育器の中で過ごしていましたが、今は外に出て、母乳も1回10~30ccとぼちぼち飲んでいるようです。

赤ん坊を抱っこしてみると、とても軽く、上の5歳になる長女と比較して、体は綿のおくるみに包まれていて見えませんが、頭も小さく、首も細く、本当に小さくか弱くみえます。どうかすくすくと育ってほしいと心から願います。長女もさっそくお姉さん振りを発揮しています。妻と、長女と、次女の赤ちゃんで女が3人。男は私1人ですから、3対1で「女の子チームの勝ち」だそうです。妻も手術の翌日の夕方からすこしずつ歩き始めました。出血が少ないレーザーメスを使ったということですが、それで回復が早いのでしょうか。いずれにせよ簡単な手術ではないはずなのに、現代の医学というのはすごいものです。

いろいろ考えるのですが、この子や長女が成長していき、今はすべすべのほっぺがしわしわのおばあちゃんになった時、日本はどうなっているのでしょうか。いくら年老いても我々の子どもであることには永遠に変わりはありません。そして、人はいつか死にます。その時には我々両親はこの世にいないことは確実です。あの世があるとしても守ってやることはできません。はたして老人となった時の子どもたちがどのような日本に住むことになるのか。それが気になって仕方がありません。

例えば産科の問題でも、志摩市の県立志摩病院などでは最近改築され大変にきれいな設備になったそうですが、残念なことに今では人員の関係で帝王切開などの手術を伴う出産はできないそうです。そこで志摩市の妊婦さんはわざわざ伊勢市などの遠方の病院に入院しなければなりません。この産科の問題でも、あるいは道路特定財源の問題にしても、最近の政治問題には地方の生活を直撃する問題が大変に多いことはなげかわしいことです。こういった問題は、政治が解決する意思さえあればすぐにでも解決できるものです。それでも解決ができない。

それに加えて、この子達の未来を大きく左右する問題としては、世界全体が取り組まなければならないというこれまでにない態勢で取り組まなければ解決できない地球環境問題など課題が山積しています。現在、世間では対岸の火事にすぎないと受け止められているようですが、ひとたび危機感があおられた場合にはパニックになる可能性まで秘めた大問題です。対策が十分間に合う今のうちに対応していく必要があります。

しかし、問題先送りとワイドショー政治に狎れきってしまった今の日本の政治体制で対応できるのか。誰もそうは思わないでしょう。本来将来のことを考えるべき政府なども目の前のイベントに左右されています。ですから、私を頼りにしている我が家のこの子達のためにも、がんばらねばと痛感しているのです。きっと親の気持ちとしては誰もが共通のものだと思います。新たに子を持つたびに遠い将来のことを以前よりも強く気にかけるようになるのかもしれません。

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