就職氷河期世代にとって「財政のカット」がなぜ望ましくないのか?

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12019 / Pixabay
消費者法ニュース」で連載4稿目の掲載号が既に4月末に発行されています。消費者法ニュース編集部のご厚意でブログにアップするご許可をいただきましたので転載します。この機会に「消費者法ニュース」のご購読もよろしくお願いします。なお、これまでの連載分は「消費増税をめぐる2つのインチキ」日銀が仕事をしなかったから円高不況が起きたアベノミクス完全否定論は正しいのか?です。

1.現政権は弱者への配慮に欠ける

アベノミクスについて私は、「金融政策はよくやったが、財政政策はプライマリーバランス黒字化の誘惑にかられ消費増税して初年度以外は緊縮財政となってしまった。雇用は伸びたが、低所得者や就職氷河期世代など経済的弱者への所得再分配の観点が弱いことが大問題」だと考えています。10%への消費税増税が決定されたとの報道がなされています。それが正しいとは思えません。特に、過去の政府の政策判断のミスの最大の被害者は就職氷河期世代、ロスジェネ世代です。彼らのことを考えれば消費増税は止めるべきです。  

2.「財政のカット」は生活に密着した予算からカットしてしまう

「財政のカット」とはなんでしょう。それは「国民からおカネを吸い上げて、そのおカネを歳出に使うのではなく、そのまま国の借金の返済にあてること」です。ですから例えば「富裕層に対して増税をしたもののその歳入を低所得者へ全額歳出にまわした場合」にはそれは所得の再配分であって財政カットにはなりません。 皆さんは「無駄な支出ならカットしてもいいではないか」と思うかもしれませんが、政府がカットするのは生活に密着した分野からなのです。それは背後に強力な圧力団体がないからです。例えば、義務教育にかける予算をカットした場合でも、高所得者は塾にいくことができるでしょう。しかし低所得者には無理です。それどころか中学校の制服や修学旅行費、給食費の負担だけで青息吐息です。公的サービスのカットにより起きることは低所得者ほど生活に打撃が及び、最悪の場合国内に階層の分断が起きてしまうことです。 実は教育への投資は大変大きなリターンをもたらします。米国での研究ですが、親世代から子世代への貧困の連鎖を断ち切るために幼児教育に公的資金を投入することで教育への投資が生み出す利益率はなんと年10%にも及ぶという研究があります。もちろんわが国にその数字をそのまま当てはめることができるかどうかは議論が必要ですが、消費税増税をはじめとする財政カットを唱える人々がことごとに唱えている「子や孫にツケを回すな」というスローガンが、実質的に教育子育てへの予算カットをも意味することから、財政のカットが逆に子どもたちから可能性を奪い、結果的に「子や孫にツケを回す」政策である可能性が強いことがわかります。  

3.「財政カット」の代表としての消費増税

消費増税について、一部では「前回の消費増税と比べて引き上げ幅が小さく、引き上げ率の約半分が教育などに使われることから、財政緊縮分を計算すると前回が3%×4/5で約2.4%分(年間約6.5兆円の財政緊縮=歳出カット)である一方、今回は2%×1/2で約1%分(年間約2.7兆円の財政緊縮)であることから前回の増税よりも悪影響は小さい」という議論があります。しかし国際情勢も悪化していますし、既に前回2014年の消費増税によってわれわれの家計は痛めつけられてしまっていることは見逃せません。 われわれ家計による消費支出はGDPの半分強を占める最重要項目です。総務省「家計調査」の数字を見てみましょう。われわれの家計がどのくらい消費をしているのかを調査対象の家庭に家計簿をつけてもらい統計としています。その中で、家計の支出額を物価上昇分で調整(差し引いた)した上で2015年を基準として100とした「実質消費支出」のグラフです。

ご覧のように、2013年には消費増税直前の駆け込み需要をのぞいても少なくとも105はあった「実質消費支出」が、増税直後の2014年4~6月期には99.2と大幅に縮み、現在も、その増税直後にすら及ばない90台後半に留まっています。(消費増税による物価上昇分は除いています。)しかもグラフの形を見れば、増税直後よりもむしろ最近の方が悪くなっています。増税直後に政府が「この落ち込みは反動減」、「気候不順による一時的なもの」と強弁していたことを覚えておられると思いますが、増税から4年も経ったにもかかわらず、元の水準にもどる様子もないことから、消費増税によって家計の消費が構造変化しておカネを使わなくなってしまったと考える以外ありません。ここにもう一度増税のショックを与えたらどうなるでしょうか。 視点を変えて、われわれの収入はどうなっているでしょうか。次のグラフは、「日本国内で勤労者に対して支払われた給料の総額」(総雇用者所得)と「消費者物価」の動きを1997年を基準として100としたものです。

  「総雇用者所得」は、「一人当たり名目賃金」(労働者の平均賃金)に「非農林業雇用者数」(働いている人の人数)をかけたものです。太線(総雇用者所得)が点線(物価水準)より下にありますが、その差が大きければ大きいほどお給料が物価上昇分に追いつかず目減りしているということになります。赤い縦の矢印が一番差が大きいところにありますが、そこは当時の民主党政権が衆議院を解散した2012年11月を示したものです。 これをみればデフレで下がりまくった「国内で支払われた給料の総額」が、2013年からの金融緩和政策によって反転し20年ぶりにやっと物価に追いついてきたことが分かります。しかしこれは本格的にデフレに突入する直前の1997年と同レベルに戻ってきただけで、給料生活者にとっては不十分です。世界的に見れば日本以外の国は20年ではるかに豊かになっているからです。これだけ真面目に働いているのだからわれわれはもっと豊かになって当然です。この状況で更に増税をしてしまえば、消費者は今より一層おカネを使わなくなりかねません。

では企業の利益はどうなっているのでしょうか。次のグラフを見てください。

   わが国企業の経常利益合計は約96兆円と20年前の約28兆円の3.5倍と史上最高益を記録しています。企業が利益を上げること自体は金融緩和の成果でもありすばらしいことですが、企業の利益が3.5倍となっているのでしたら、勤労者はそれに応じてもっとお給料をもらって当たり前です。しかし現実にはそうはならず、しかも法人税はどんどん減税される一方で消費税は上がる一方です。明らかに政府の政策のバランスが崩れています。こうした不公平こそが今、解決すべき政府・霞が関が原因となっている構造問題です。企業の業績が伸びたことで税収は伸びていますが、少なくともこの税収増くらいは今のように財政再建に回すのではなく就職氷河期世代支援や教育子育てへの支援に使うべきではないでしょうか。

4.氷河期世代問題、教育子育て問題で行われている「財政カット」

今、わが国の政治家が追い求めるべきことは、学者や官僚など一部の人びとが主張する財政再建などではなく、どんなに今貧しくてもまた挑戦するチャンスがある社会の仕組み作りです。そのために今どのくらい予算が足りないのか、具体例を就職氷河期世代問題と教育子育て問題に絞って考えてみましょう。  

・就職氷河期世代には支援はほとんどなし 「地域若者サポートステーション」という就労サポート窓口が全国に175ヶ所ありますが、40歳以上を対象とするステーションは来年度以降わずかに12ヶ所開かれるだけです。政府の景気政策の失敗が原因で生まれた40歳以上の就職氷河期世代に対する公的支援がないのはあり得ないことです。 政府日銀の政策判断ミスの犠牲者が就職氷河期世代です。人手不足というのなら外国人労働力の導入より先にロスジェネ支援を検討すべきです。確かに特定求職者雇用開発助成金という就職氷河期世代を雇うと1年間に限り、最大60万円企業に補助する助成金がありますが、2018年度にこれまで給付されたのは1億円程度であまりにも小額です。  

・重い教育子育ての負担 子どもをめぐる痛ましい事件が絶えません。しかし児童相談所や一時保護所は地方自治体によって設置されていますが、その数はまったく足りません。その最大の理由は、設置や運営の費用、人件費をまかなうための国からの財政支援が足りないからです。 政府は消費増税の増収分で幼児教育の無償化を進めるとしていますが、財源確保が難しいために保育園給食費が無償化しないとのことです。保育園の給食費だけ無償化すれば幼稚園との間に不公平となりますが、両方を無償化するには財源が足りないという理由です。また、幼児・高等教育の家計負担も極めて重く、わが国のように4分の3の子どもが自己負担の重い私立学校に通う国は珍しいのです。大学院生についても、例えば中国では、大学院生に給与が支給され経済的な心配をせずに進学し研究に専念できるような仕組みになっています。このように教育子育て分野にはまったく予算が足りません。  

5.「財政カット」をとめよう!

4月から外国人労働者の受け入れが広がりました。その是非はここでは問わないとしても、わが国社会を分断させないためには彼らに対する日本語教育は国の責任で行わなければなりません。その予算はこれまでの文科省の予算の中からひねり出すのではなく、新規予算を政府が責任持って十分につけるべきでしょう。新たな政策の財源は、同じ役所の既存予算の削減または収入増によって捻出することを原則とするといういわゆる「ペイアズユーゴー原則」がありますが、これは直ちに否定しなければなりません。そうでなければ、教育に関する新たな政策を打ち出すたびに、他の文科省の予算を削減しなければならなくなり、教育にかかわる政策効果が損なわれてしまいます。 働く者を企業が単なる労働力としてしか見ずに人間扱いしなくなったのは、就職氷河期世代・ロスジェネ世代が、低いお給料でも、ブラック企業からでも離れなかったことを経験したからだと思います。同じく、霞が関の官僚が、国民に対して財政カットを押し付けてくることができたのも、これまで与野党が唯々諾々と従ってきたことにその原因があると思います。その意味で霞が関官僚による「思想なき財政カット」から抜け出すためにはこれから政治家が奮起しなければなりません。

(消費者法ニュースでの連載終了)