アベノミクス完全否定論は正しいのか?

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消費者法ニュース」で連載3稿目の掲載号が1月末に発行されます。消費者法ニュース編集部のご厚意でブログにアップするご許可をいただきましたので転載します。この機会に「消費者法ニュース」のご購読もよろしくお願いします。なお、これまでの原稿は「消費増税をめぐる2つのインチキ」日銀が仕事をしなかったから円高不況が起きたです。

黒田バズーカとはなにか

皆さんも「黒田バズーカ」という言葉を聞いたことがあると思います。なかには株式や土地などの相場上昇で大きなメリットを受けた方もいらっしゃるでしょう。「黒田バズーカ」とは簡単にいえば、黒田東彦日本銀行総裁のもとで行われてきたそれ以前とは違うやり方の大胆な金融緩和策のことです。株式、不動産価格や外国為替などにドカンと大きな影響をもたらすことから、バズーカ砲にたとえられているのです。

では金融緩和とは実際になにをどうすることなのでしょうか。日銀がマーケットで都市銀行などが持っている日本国債を買い取ること(国債買い切りオペ)によって、日銀があらたに日本円を発行して市場に出し、おカネ(日本円)の量を増やすことです。そのことによって、金利を引き下げることなどを通じて、経済を刺激します。ただ、おカネの量が増えすぎて物価が上がりすぎても困りますので、物価上昇率を2~3%程度に調整するインフレ目標政策でおカネの量を調整します。

「円高とデフレ」とはおなじことを裏表から表現したに過ぎません。ともにあるべき水準よりも「カネの総量」が少なくなったことが原因です。日本円がドル、ユーロなどの外貨と比較して少なくなったことで円高となり、国内のモノと比較してカネが少なくなったことでデフレとなります。こうした「円高とデフレ」への最大の対策は「カネ」(=日本銀行券)を刷って市中に回すこと。これを日銀が「独立性」を手に入れた1998年以降、2013年の黒田総裁体制発足まで怠ってきたことがわが国経済低迷の大きな原因です。

現在のわが国経済の最大の問題はいかにして就職氷河期世代(ロスジェネ世代)を助けるかということですが、平成の時代での経済の判断ミスを上げると、

1997年:消費税5%へ増税:財政政策のミス

2000年:ゼロ金利解除:金融政策のミス

2006年:量的緩和解除:金融政策のミス

2008年:リーマンショックでも金融緩和をせず:金融政策のミス

2014年:消費税8%へ増税:財政政策のミス

となります。5年に一回進路を誤ってしまっていることにあぜんとしますが、この5つのミスのうち2つが財政政策:財務省(旧大蔵省)のミス、残りの3つが金融政策:日銀の判断ミスです。黒田総裁以前の日銀総裁は基本的に皆、こうした景気に対する観点が欠けておりわが国経済の足を引っ張り続けてきました。

経済は「黒田バズーカ」(金融緩和)で回復した。

アベノミクスとはいうまでもなく安倍晋三首相が唱える経済政策で、政府によれば、「大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間の投資を引き出す成長戦略の『3本の矢』でデフレ脱却と過度な円高を是正していく」ことです。(が、効果を見れば実質的にアベノミクスの主軸は「黒田バズーカ」(金融緩和)で、それ以外は不十分です。)

さて、このアベノミクスは具体的にどういう効果をもたらしたのでしょうか。安倍政権は2012年12月に発足しました。少し経って黒田日銀総裁が国会に提示された直後の平成25(2013)年3月6日の経済データを見れば、日経平均1万1600円程度、1ドル93円程度。11月初旬より解散総選挙が現実味を帯びるにつれて円安が進み、米国株式は横ばいの状況の下にも関わらず日本は株高となりました。これは解散となった前年11月16日の日経平均8600円台、1ドル79円台から大幅な改善です。円高・株安の修正に実際の効果があったのです。この時点では政府日銀はまだなにもやっていない(黒田総裁自体まだ就任していません)ということがポイントで、これは「将来への予想が今の経済を動かす」というリフレ派のカギとなる主張を裏付ける大変いい例です。その後、黒田総裁が3月20日に就任し、上に書いたとおり、「異次元の金融緩和」また「黒田バズーカ」と呼ばれる金融政策を取りました。

これをもう少し歴史的な見方をしてみます。政府がさまざまな経済指標に基づいて世界的に標準化された方法で定める「景気の谷」(最悪期)は2012年11月。これはちょうど衆議院が解散され円高が終わった月です。そこを境に景気が回復したということが分かります。

ここでは個別には示しませんが、企業の生産やまた有効求人倍率などの雇用状況も改善しました。株価にしても、日経平均は2015年夏には2000年3月から15年ぶりに2万円に乗せました。株価が高いことが必ずしも庶民の生活に直接の影響を持ちませんが、国内株式はわれわれの年金の掛け金の一部を運用するGPIFの全資産の4分の1の投資対象でもありますし、わが国経済のためにまずはいいニュースです。やはり国債を主に買い入れ、株式を含む実物資産に民間資金をシフトさせる金融緩和の力は大きかったというのがすなおな評価でしょう。

実はこの「大胆な金融政策」は安倍晋三自民党総裁より先に、2010年春から筆者が設立し事務局長を務めた「民主党デフレ脱却議員連盟」の政策提言で行っていたものと同じ内容なのです。旧民主党が政権与党だった2010年から2012年まで、われわれは長期国債買い切りオペを大胆に増やすことによって、おカネを供給し、また同時に消費増税は行うべきではないと主張していました。残念ながらこうした政策は執行部が採用することはありませんでした。しかし結果的に自民党政権でそのかなりの部分が実施され、成果を上げたことはわれわれのアイディアの正しさを証明するものであり、またわが国経済の好転の起爆剤になれたことは喜ばしいことでした。

2013年春、政権再交代直後、ある会合で菅直人元総理と一緒になりました。菅さんは「君の言う通りの政策を自民党がとったね。この円安株高は続くかね?」と私にたずねました。「はい」と答えて、私は続けました。「これを菅総理の政権下で実現したかったです。そうすれば総選挙の結果も違ったでしょう。」と答えました。

菅直人元総理とのこのやりとりはちょうど安倍政権が本格的に金融緩和をはじめたころの会話です。われわれが民主党デフレ脱却議連として再三提言したとおり、2010年に民主党政権で金融緩和を実現していれば、わが国の景気回復は3年早かったでしょう。それだけ倒産が減り、また、失業に苦しむ人びとや就職氷河期世代・ロスジェネ世代、ワーキングプアの人びとにお金がまわったはずでした。この間に失われた国富は少なく見積もっても年間の経済成長率が1%弱しか上がらないと控えめに仮定しても3年間の累計で10兆円以上の莫大な損失となるでしょう。与党にいた政治家の一人として大変に申し訳ない思いでいっぱいです。

「アベノミクスで賃金は上がらなかった」論は誤り

前回、「最低賃金ぎりぎりで働く非正規労働であっても働いていさえすれば失業者にカウントされませんので、何十年も前の年と今年が同じ完全失業率であったとしても、正規・非正規の比率など労働の質の差が反映されていないため決して同じだとは解釈できないのです。」と書きました。

 企業の業績は回復しました。2018年春新卒採用「内定辞退率」が64.6%で、集計したこの6年間で最も高い売り手市場とのこと。新卒者にとってはすばらしいことです。前回も紹介した完全失業率のグラフですが、ご覧のとおり大幅に改善しています。しかしアベノミクスを完全否定する人にはこれがアベノミクス前から改善していたとか、労働力人口が減少しているから減っているのだとか、非正規労働が多くなっているからこれは真の意味の改善ではないという批判をなさる方がいます。

確かに失業はしていないかもしれませんが、非正規社員として不本意に就職したのかもしれません。非正規、正規の差を雇用の質の差として考慮する指標はないでしょうか。完全失業率よりも、正規非正規の賃金の差などを考慮に入れることができる指標として、国内で支払われるお給料の合計が労働面での最善の指標だと考えます。

次のグラフの「総雇用者所得」とは、「一人当たりの賃金(現金給与総額)」と「非農林業で雇われて働いている人数」を掛け合わせた数字です。社会保険料が差し引かれる前の数字ですが、制度が大幅に変ってきたわけでもありませんので短期的な比較をする上では大きな問題はないと考えられます。(もちろん、社会保険料がいくら高くなってもいいという趣旨ではありません。)これでみると先ほどの景気の谷と一致した2012年11月がほぼ最低の数値を示し、むしろ完全失業率の改善とはまったく違う姿をみせます。

景気回復しているのに平均賃金が下がる理由

それでも疑い深い人は、「労働者の平均賃金が下がっているのだから景気回復とはいえないのではないか」と疑問を投げかけてくるでしょう。確かに厚生労働省「毎月勤労統計調査」の「現金給与総額」は2009年の31万5294円から2017年の31万6966円と、3%の消費増税分を考えればむしろ減少しています。この問に対してはどう答えればいいでしょうか。しかし実は景気回復期の平均賃金の減少は単なる数字のマジックに過ぎません。この点を少し詳しく見てみましょう。

ここで製造業を例に取ると、景気の回復を模式的にみれば、

1:思ったよりも売上が増加➡2:在庫切れ➡3:生産増のため労働者の残業時間増で対応➡4:非正規雇用が増える➡5:正社員を雇う➡6:設備を増やす

の順で進みます。

景気の「回復期」(第4局面)では正規雇用者が変らない一方で、賃金が低い非正規雇用のみが増えるので、平均賃金が下がるのは当然です。また、「好況期」(第5局面)になってはじめて賃金が高い正社員が増えます。

これをさらにみてみましょう。今、労働力人口が100名だとして、非正規社員、正規社員の人数がそれぞれ20名と35名ではじまり、月給がそれぞれ20万円、35万円とします。失業者は当然月給0万円です。回復期には非正規社員のみが20名増え、好況期には正規社員のみが20名増えるとします。なお、非正規と正規の社員の比率は平成29年時点で2036万人対3423万人ですので、それにならって20名対35名と置きました。すると下のようになります。

この例では非正規、正規社員それぞれの賃上げの効果は考慮に入れていませんが、景気が回復して雇用も正規、非正規が同数(上の例では20名ずつ)伸びたとしても、「A:一人当たりの賃金」は「不況期29.5万円」⇒「回復期27万円」⇒「好況期28.7万円」と不況期に比べ、回復期はおろか好況期ですら低いことが分かります。これはわが国企業が賃金が高い正規社員を賃金が低い非正規社員よりも大勢雇用していることから起きる数字のマジックです。統計に出てくる「労働者一人当たりの賃金」(平均賃金)とは、厳密にいえば「たまたま職にありつけた人の平均」であり、それ以外の人々、つまり失業者のことはまったく考慮に入れていません。しかし、この例での「B: 被雇用者数」を掛け合わせた総雇用者所得では、「不況期1625万円」⇒「回復期2025万円」⇒「好況期2725万円」と激増しています。これで「一人当たりの賃金」では景気や雇用のよしあしは必ずしも示せないことがお分かりいただけると思います。

ではなぜ消費が伸びないのか?

これまで見てきたように働くものをめぐる環境は、最低限の求人という面では2008年夏のリーマンショック前と比較しても大幅に改善されていることが分かります。ではなぜ職にありついた労働者が安心して消費ができないのでしょうか。その大きな原因は消費税の8%への引き上げをはじめとする財政緊縮や所得再配分の不徹底が原因です。連載の次回はこうした問題について考えます。