国会議員として初めての8月15日を迎え、天皇皇后両陛下ご臨席の下で開催された全国戦没者追悼式に出席して参りました。正面に、位牌でもなく、一種独特の全国戦没者之霊位があり特定宗派に偏らないような工夫が凝らされていました。
11:45に参列者着席。11:51開式。
天皇皇后両陛下が厚生労働大臣の先導によりご入場の後、国家斉唱、内閣総理大臣式辞、正午に一同黙祷、天皇陛下のお言葉、総理以外の三権の長の追悼の辞、遺族代表の追悼の辞。最後に、各政党の代表者、各種団体の代表者、都道府県の遺族代表者、厚生労働大臣などが献花をして、12:55頃幕を閉じました。
私の母親は、横浜で米軍機に機銃掃射を受けました。父親は、伊号潜水艦でパナマ運河攻撃のために特攻に行く訓練を受けていましたが、出発直前に敗戦を迎えました。運が悪ければ、戦争が原因で私自身この世に存在しなかったかもしれません。母方の伯父は千島で戦死し、父方の叔父はシベリアに長く抑留されていました。これらのことを思うと国政に関わる身としてわが国の安全保障にわずかでも隙がないように力を入れなければならないとの念を改めて強くしました。
式典終了後、靖国神社へ。議員ではない友人や後輩の皆さんとともに炎天下30分以上列に並んでお参りをいたしました。本来なら春秋の例大祭にお参りすべきものではあると思いますが、当選からこれまで参拝する機会がありませんでした。
境内周辺は、過激な政治的主張を記したチラシなどを参拝者に配る団体など声高に言挙げをする人々であふれかえっており、警官も多数おりました。政治的なスポットライトがあたってしまうのは仕方がないことかもしれません。また、言論の自由は当然あります。しかし参拝者にチラシを配るのは筋違いではないかと思いました。この日くらいは静かに英霊のご冥福を祈りたいと強く感じました。
なお、私の先の大戦に対する基本的な見方を下に引用します。6年前に書いたものですが、基本的には変わりません。
《 59年前の今日、日本軍の無条件降伏、主権を制限下に置くなどの過酷な条件を内容とするポツダム宣言を受諾し、先の大戦は終わりました。憲法秩序を守り、紛争の平和的な解決を図ろうとする上下の人々の願いにもかかわらず、中国の策略という外患と、陸軍の暴走とテロの恐怖という内憂に引きずられた政府は、国際協調路線を外れ、あまつさえドイツ、イタリアと同盟を、ソ連と中立条約を結び、無謀な戦争に突入していったのでした。
その結果、数百万もの大勢の尊い人命が失われ、また、国際法を蹂躙する大量破壊兵器である原子爆弾が、連合軍の手で広島に、そして長崎に落とされました。何十万人もの方々が虐殺され、いまだに後遺症に苦しむ方々もおいでです。まさにナチスの強制収容所にも比肩するHiroshima Atrocity もしくはNagasaki Atrocityと呼ぶべき残虐行為でした。これらの「大虐殺」を我々は忘れてはなりません。そして、このようなことが再び繰り返される過ちは決しておかしてはなりません。特に我々のように政治に関わろうとしている人間は肝に銘じなくてはなりません。》
(先の大戦をどう考えるのか:被爆クスノキ2世の植樹)





