私の事務所に、今度の参議院議員選挙で比例区(昔でいう全国区)から立候補を予定している大石尚子さんの事務所からパンフレットを送っていただきました。
大石尚子さんは、このブログにははじめて名前が出てくる方ですが、日本海海戦の名参謀秋山真之のお孫さんで、政界入りは、当時民社党の曽祢益(曾禰益)衆議院議員のすすめで、元・民社党から神奈川県鎌倉市選出の神奈川県会議員を経て、衆議院議員を2期勤めました。
ちなみに曽祢益さんは私の名付け親でもあります。私に覚えやすく書きやすい名前をということで「洋一」と付けてくれました。なんで「書きやすい」のかというとこれはたぶん選挙に出た時に投票用紙に書きやすいようにということだったようです。(いまのところ曽祢先生の期待には添えていないところが残念です。)
いうなれば、大石尚子さんと私は、曽祢益さんに政治に引きずり込まれたわけでして、政治的に見れば姉と弟とでもいいましょうか。考え方も似ているところが大いにあります。
また、「曲がったことが大嫌い」という性格は子どもの頃からのものだそうで、「相手が学校の先生でも、友だちでも思ったことはハッキリと言い、みんなをまとめていく少女でした」ということです。そこで、ついたあだ名は「卑弥呼」。
大石尚子さんは、平成14年(2002年)1月、現職国会議員としては初めてインド洋へ派遣されていた海上自衛隊艦船を訪問しています。
はじめ防衛庁に、訪問をしたいので、停泊場所を教えてくれと頼んだものの、機密を理由に断られ、見つかるかどうか分からないもののとりあえずドバイに飛び、それから現地の大使館などの協力を得てようやく艦隊を探し当て、訪問したそうです。
「艦隊は近くの国の港に停泊していた。場所は秘密。テロの敵側とみなされ、そこの国に迷惑をかけるといけないとの配慮もあって、私は帰国後も明言しないことを約束した。」停泊場所や行動の機密を守る必要があるのは当然ですが、国会議員、しかも激励にいきたいという人間にまで秘密にする必要があるのかというと大いに疑問ですが、役所なんてそんなものかもしれません。
「私が現地の港を去った翌々日、NHKのニュースは、イージス艦が現地に到着し、「ひえい」との引継ぎを始めたことを報道した。そのとき港の名前を聴いた。マスコミは知り得て、なぜ私には言えなかったのだろうか。」このあたりは、大石尚子さんによるオピニオン誌「正論」の記事、『ドバイまでわが自衛艦を追いかけるの記』をご覧ください。おもしろいです。
実は、大石尚子さんは、県会議員の後、国政になんと11年も浪人されました。私はまだたったの4年です。この面でもまだまだ頑張らなければと痛感します。
さて、現在、大石尚子さんは、民主党参議院比例区第11総支部長として、参議院議員選挙に向けて政治活動を精力的にこなしています。ぜひとも頑張ってほしい、勝ち抜いてほしいと思います。
参考リンク
大石尚子ホームページ
大石尚子おしゃべりブログ
↓大石尚子さんによるユーチューブ上のご挨拶。ちょっと短いですが。





