伊勢市ボランティア連絡協議会(会長:泰道詞子氏)主催の映画上映会で、韓国での「日本の大衆文化韓国解禁第一号許可作品」だという「日韓合同劇映画『愛の黙示録』」を先日見てきました。
ストーリーについては、特に触れませんが、冒頭、私の好きな「釣りバカ日誌」(先日のテレビの放映では和歌山へ行っていたらしい。三重にも来て。)にも出演していた石田えりさんが演じる主人公である日本女性・田内千鶴子と韓国人男性・尹致浩の間に生まれた準主人公の少年・尹基が、1955年、ちょうど李承晩ラインが引かれている時点の学校で、授業を受けているシーンから始まります。(この作品はその準主人公である少年・尹基の回想録が原作だそうです。)そこで女子生徒が、教科書の記述として韓国での公的な史観を朗読して、当局の思想チェックに対応するために必要なイデオロギー的な内容をこなした後は、人によって感じ方は違うと思いますが細かい点を除けばそれほどイデオロギー的な匂いはしない作品になっていると思います。
件の学校の教室のシーンは、李承晩ラインによる日本漁船の拿捕を支持するストライキに女性教師が生徒たちを半ば強制的に挙手をさせ、参加させるシーンで終わります。準主人公の少年はイデオロギー的な内容の教科書朗読に違和感を感じながら、言葉にならずぼんやりと物思いにふけっていて、動員参加の意思をしめす手を挙げ損ねて女性教師に見とがめられてしまうのでした。日本で教員がこういうことをするような時代にならないことを強く望みます。
主人公の配偶者である韓国人男性・尹致浩は、韓国が米国占領下にソウルの政府に食料配給の陳情にいってそのまま行方不明になり戻ってきませんでした。これは私の深読みかもしれませんが、これには、彼が光州木浦出身であるということでソウル政権から、不当な差別を受けた可能性をも制作者は示唆しているのかもしれません。この映画が韓国で解禁になったのは1998年のことですが、1998年というのは全羅道(光州を含む地域)出身の金大中大統領が当選した年ですから、何か関係があるのかもしれません。
虚心坦懐に見れば、韓国側からの日本に対する蔑視(例:日本には苗字はあっても姓はない。田中などというのは理に合わない苗字だ。いとこ婚がある。日本人に対する蔑称「チョッパリ」等)がこれでもかと書き込まれていることもあり、また、日韓併合時代に、韓国人男性がネクタイと背広を着ていたり、キリスト教式結婚式を挙げていたり、韓国の公的史観から見てこういう描き方が受け入れられるのかと思われる描写も見られました。いろいろな意味で細部に興味を引かれる作品です。
私の推測ですが、この映画の製作者はできるだけ韓国の官製イデオロギーにはとらわれずに作品を作りたかったのではないかと感じました。徴兵などに関する描写については異論のある方もみえるかもしれませんが、映画自体はイデオロギーに足を引っ張られずに感動的なものでした。機会があればごらんになることをおすすめします。また、この映画は日本の文部省選定、厚生省文化財特別推薦だということですが、日本側は極めて寛容だということでしょう。大人の対応ということでしょうか。
李承晩ラインは今日に続く竹島不法占領問題の発端となりました。2月24日の島根県制定の竹島の日には、韓国側に極めて強い反応が生じました。この映画解禁当時の1998年と比較して、それ以来韓国での官製イデオロギーや言論のあり方がさほど変わったとも思えません。一方で、公務員の仕事を通じて大勢の韓国の人々と交流を持つ機会がありましたが、皆大変にまじめで尊敬できる人々でした。掛け値なしに優秀な人々でした。
私が想像するに、おそらく韓国にも本音と建て前があるのでしょう。その建て前の部分を乗り越えて本音を引き出すことができないのか、この映画を見てそのようなことを考えました。
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