一部の新聞で報道されたように私、金子洋一に対して、この1月に入ってから、この春の県議選で度会郡から立候補しないかとのお誘いがありました。このことについて、今まで熟慮を重ねてまいりましたが、残念ながら辞退させていただくことにいたしました。
これは、新政みえから辻本正議員の後継者として三重県議会議員選挙の度会郡選挙区に立候補するお誘いを、この年明けにいただいたものです。
大変にありがたいお誘いであり、また、政治を続ける上で、度会郡という、県議会選挙区としてはもっとも経済的に苦しんでいる地域の声を活かす政治活動ができるということは、現在の日本の経済情勢の中で意味があることであると考えています。小沢一郎民主党代表も、川上(郡部)から川下(町場)へ支持を広げていく選挙戦術を唱えております。
これらのことを考え合わせると度会郡から県議会をめざすことには大きな意義があるといまもなお感じています。
しかし、3月30日告示、4月8日投票・開票という三重県議会議員選挙のスケジュールは、新年からの取り組みでは3ヶ月弱しかありません。県会議員としての政策は国政のそれとは自ずと異なります。この短い期間に、度会郡の有権者の皆さんに自分の考えをきちんと伝えることができるのかどうか。やはり難しいと考えざるを得ません。
また、衆議院議員選挙から、県議会議員選挙への体制の切り替えをしなければなりません。そのためには、三重5区内で今まで支援していただいた皆さんの了解を得る必要が出てきます。度会郡以外の方々にとっては寝耳に水のはずです。公職としての性質が異なるわけですから、反対なさる方も多くみえることでしょう。しかし、3ヶ月弱という限られた日程の中、それだけのきちんとした手順を踏む時間的余裕がとてもありません。これらの理由から、残念ですが最終的にお断りいたしました。
声をかけてくださった関係者の皆様、そして新聞記事をみて励ましの声をお寄せいただいた大勢の皆様に感謝いたしますとともに、ご期待に添えなかったことを深くお詫びいたします。出馬・不出馬の判断自体をすることに関しても、応諾のお答えをする期日の制約があったため、きちんとお一人お一人にご相談できず、勝手に判断してしまうことになったことも大変申し訳なく思っております。特に、応援するからぜひ度会郡から出馬すべきだとご意見いただいた皆さんには本当に申し訳なく、特にお詫び申しあげます。
今後も、いかに難関であろうとも、引き続き国政をめざして政治活動を続けてまいりますのでご指導そしてご支援をお願いいたします。
(1月20日のエントリーについて、1月22日に新政みえ幹事長(当時)中村進一氏からの申し入れによって一部の記述について削除いたしました。)(平成20年8月27日に本エントリーについて、元の記述にもどしました。)





