教育基本法改正案が衆議院で可決通過し、参議院での審議が開始されました。教育基本法改正案は、文部科学省が閣議請議し、平成18年4月28日に政府により閣議決定され、国会に提出された法案です。この参議院での教育基本法案の審議についても、教育基本法の発案者には、なにも一般に言われているような与党だけではなく、文部科学省の人々も含まれることは忘れてはなりません。
まず、さる高名な仏教者による観音経(法華経 第二十五品 観世音菩薩普門品)の解説を読んでいただきたいと思います。
『「悲体の戒、雷震のごとく」というのは、観世音菩薩の戒の力の偉大さをたたえたことばです。戒というのは、殺生をしてはいけない、盗みをしてはいけないというような戒めです。 こういう戒めの価値というものは、それを発する根本の精神によって決まるのです。いろいろな規則でも、法律でも、政令でも、何でもそうです。それをつくる人、発令する人の精神に、自分本位の気持ちやわがままな心が混じれば混じるほど、その戒めの価値は低いものになってしまいます。(中略) ところが、観世音菩薩の戒めは、ひたすら「悲」の心に根ざしているのです。「悲」とは、衆生をあわれむ心です。衆生の苦しみを取り除いてやりたいという心です。そういう大悲の心を本体とした戒めですから、それは雷鳴のうち震うがごとき大きな力を持っているというのです。ここにも、指導的立場にある人の手本とすべき大切な点が示されているわけであります。』この観音経は、観音さまを信仰する上で特に一般に広く重んじられているお経です。歌舞伎などにもその一節が使われていますね。教育基本法のような政府がつくる法案でもなんでもそれをつくる人の精神に自分本位のこころが混じることを戒めているのが観音経の教えであるということです。
さて、自戒の念を含めて申しますが、政治家や官僚が発言するときには、よいことばかり、耳ざわりのよいことばかり申します。あたりまえのことですが自分の言っていることが本当に良心にもとることがないのかというチェックは忘れてはならないことだと思います。一方、国民・有権者の立場からは、一見飛びつきたくなるような外見に、なにが隠されているのか、その隠されたものの本質を見破ることが重要となります。
今回、教育基本法改正法案を提出した文部科学省の官僚がいったいどういうことを考えているのか、きちんと頭に置いておくことが必要だろうと思います。国会議員の皆さんは当然もうお考えだと思いますが、まさか、与野党直接対決の陰で霞ヶ関の役人だけが、こっそりと権力を増してにんまりするような結果にはならないことを強く願っています。
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