ある会報に取り上げられていた、北牟婁郡紀北町(旧・紀伊長島町)町営墓地にある「無名勇士之墓」について報ずる記事が目にとまりました。
「陸軍明野教導飛行師団 第一一一戦隊 陸軍中尉 阿部司郎 陸軍中尉 日比重親昭和二十年六月五日、当町沖上空にて、米軍B29爆撃機に体当たり攻撃し、自らも国に殉じた。遺体は、身元不明のまま埋葬され、五十八年の時を経て、事蹟が明らかになった。後世にこれを伝える。」
これは、「無名勇士之墓」に、後年、お二人の身元が判明した後にたてられた記念碑の碑文です。「陸軍明野教導飛行師団」というのは、現在の陸上自衛隊明野基地の前身にあたります。
お二人はそれぞれ同じ五式戦という当時の陸軍の最新鋭の戦闘機にのって、関西方面の爆撃から帰還途中の「成層圏の要塞」B29爆撃機に体当たりしたということです。ともに大正十二年生まれの陸士57期ということですから、22、23歳です。どう考えても、若すぎる死です。
小泉総理がイラクから自衛隊の撤退決定を発表した折から、この記事を大変に感慨深く読みました。今回、イラクでは、数千人の米軍の死傷者が出ていますが、幸いなことに自衛隊の皆さんからは、一人も出ずにすみました。しかし、自衛隊は、本来、あのような遠い灼熱の地に赴くために作られたのではありません。自衛隊は、その時の為政者のおもちゃではありません。軽々しい判断で派遣されてはならないと考えます。
自衛隊の皆さんのご努力によって、無事でお帰りになったことをよろこびつつ、死傷者が出るような事態が今後起こらないことを祈らずにはおられません。
参考リンク
自衛隊イラク派遣





