私は以前から、小泉首相が北朝鮮拉致問題、イラクへの自衛隊派遣問題で、人命や人権を軽んじて、すべてを自分の政権の人気取りに使ってきていることを批判してきました。
ところが、こともあろうことか皇位継承の問題までも、政権浮揚の手段にしようとしていることには驚きとともに怒りを感じます。
『或るとき、小泉首相は伝統に従い三権の長、閣僚らと共に回廊に控えていた。席からは、奥の様子を窺い知ることは出来ない。やがて、首相は宮内庁長官に、陛下は一体どんなことをなさっているのかと尋ねた。祭祀は祖先神への祈りであり、感謝であり、それを陛下がどのように行われるのか、知る由はない旨長官は答えた。すると、首相が厳しい表情で呟いたという。「改革だ」と。回廊を充たす静寂をわずかに震わせた首相の呟きが、いまや、有識者会議の報告書となり、皇室の在り方を根本的に変えようとしているのだ。』 櫻井よしこ「小泉首相の無関心が招いた『女帝論議』の誤り」
皇位継承については、特に知見もないことから発言は差し控えてきましたが、短期間の審議会での議論で結論を出し、その結論を「愛子様が皇位につけなくてかわいそう」、「天皇が男性でなければならないのは女性差別」といった、それ自体は反対できないのですが、悪用されやすい議論にのせ、単純化した命題で、世論を誘導しながら、無理矢理通そうとする。これは、郵政民営化法案を、国民の間の公務員バッシングを利用して総選挙に勝利し、成立させたのと全く同じやり方です。小泉総理の脳裏にあるのは自分の政権の支持率だけです。
しかも、今回彼が政権浮揚に利用しようとしているのは、皇室です。とうとうここまできてしまいました。
『歴史・伝統を踏まえるという点について、座長を務めた吉川氏は報告書提出にあたって、「歴史観や国家観で案を作ったのではない」と記者団に述べた。』
いったいどうなってしまっているのでしょうか?思想家のチェスタトンの言葉に「死者は墓石で投票する」という言葉があります。私の好きな言葉ですが、死者の意志とは、つまり我々の先祖が、命がけで守ってきた歴史や伝統のことでしょう。生きているものの投票行動もプロパガンダでねじ曲げてしまう首相のことですから、死者の意志などは何とでもないことなのでしょう。いつものように「改革だ」のひとことで吹き飛ばせると思っているのでしょう。
いったい彼はウヨクなのでしょうか、サヨクなのでしょうか?もはや小泉首相の暴走には、自民党内からもストップは掛からなくなってしまったのでしょうか。政治家の失脚は得意の絶頂期にその種が仕込まれます。もっと別なところ、小泉首相が無視している世論や歴史のダイナミズムといったようなところから、後になって強烈なしっぺがえしを喰らうのではないかと漠然と感じます。それがいつなのかはわかりませんが、日本全体を道連れにして政治家生命を終えることだけは勘弁していただきたいと強く思います。





