呪術的経済学(ブードゥーエコノミクス:voodoo economics)、あるいは魔術師的経済学という言葉があります。そもそもこの言葉は、米国のレーガン大統領の俗流サプライサイド経済学的な政策に対する批判で、経済学的なまともな根拠がない、おまじないのような経済政策をさす言葉です。ちなみにブードゥーというのは呪術的な宗教であるブードゥー(ブーズー)教の名前からきています。
レーガン政権の経済政策のうち、万人に等しく馬鹿にされているのは、例えば経済学者のラッファーによる、簡単に言えば「減税をすれば結果的に税収が増え、最終的には財政赤字も抑えられる」といった主張を大真面目に受け取った部分です。こういった政策はきちんとした論拠もないため、呪術的な宗教のおまじないのようであるとして呪術的経済学、あるいは経済政策とよばれました。
ちなみに、レーガン政権の政策が全部だめなわけではありません。例えば、人によっては評価が分かれるかとは思いますが、レーガンの政策でも規制緩和の部分などは大変な成功でしょう。あの時代に規制の緩和があったおかげで、米国にはマイクロソフト、FEDEXやシスコなどというあらゆる意味で日本の企業とは似ても似つかぬ企業が雨後のたけのこのようににょきにょきと現れたわけでした。この点は、自民党や霞ヶ関の官僚の既得権益を崩すことができなかった小泉内閣の構造改革とは大きく異なる点です。
さて、本論に戻ります。レーガン政権の根拠がない経済政策を笑えない状況が今の日本で進んでいます。
わが国では呪術といえば言霊の世界が代表として挙げられます。言葉が持っている神秘的な力が現実の世界に対して影響を与えるという信仰です。例えば、結婚式で「切る」とか「重ね重ね」などといった忌み言葉をつかってしまったときに、年配の方から「縁起でもない」と言われた経験は誰もが子供のころにあるでしょう。
レッテル張りをしても、言葉を変えても実態は変わりません。ところが最近の小泉内閣の政治はまさに呪術的改革路線をつっぱしっています。
例えば憲法改正の問題です。確かに、現在の日本を取り巻く政治的軍事的状況は極めて厳しいものがあります。北朝鮮はいうまでもなく、中国は戦略核兵器をもち、日本に向かって使用可能な体制をとっています。ロシアにしても強大な軍事力と核兵器を持ち続けています。韓国ですら島根県の竹島を不法に占拠しています。
しかし、このような軍事的状況に対しては、まずお互いの国にまず最低限の信頼関係を作り出す「信頼醸成措置」をとったり、あるいは哨戒や早期警戒といった自衛的な能力を増す備えをとることが適切でしょう。あるいは、インターネットや電気、ガス、通信といった社会の基礎的なインフラに対する攻撃を受けないような備えも必要だろうと思います。いずれにせよ、正面装備といった派手なものだけではなく、地道な防御的な備えを行うことによってはじめて我が国の安全は保たれると考えます。
ところが、現在の小泉政権の下では、憲法9条の文言を改正すれば、それがあたかも魔法の薬のように現実の世界に効力を及ぼして、たちまち日本が平和になるといったたぐいの議論が横行しています。少し茶化したいい方をするとすれば、ならず者の国家が、我々が日本の憲法を変えることによって、改正新憲法の「御稜威(みいつ)」にひれ伏して、四海平らかになるという理屈なのでしょうが、それではまるっきり戦前の神懸かり的軍国主義者の理屈と変わりありません。
国際関係とは、あるいは戦争とはなにかという本質をふまえた日ごろからの地道な努力なくして平和を作り出すことはできません。憲法の文章を改正すればすべての問題が解決するというは、まさにおまじない的な発想で、あまりに粗雑な論理です。これではレーガンの呪術的経済政策を笑えません。
また、憲法の改正自体に関していえば、憲法そのものの中に改正条項が含まれていることから可能であると考えます。実際に、地方分権を進めるためには憲法を変える必要がありますが、例えば象徴天皇制、議会制民主主義、侵略戦争の放棄といった基本的な原則を変えてしまうことにはまったく賛成できません。また、憲法問題ではありませんが日本の周辺国がICBMのような戦略核兵器などを持っているからといって、日本が同様な兵器を持つべきではないと私は固く信じています。
憲法改正問題の他にも教育基本法の改正の問題のように小泉内閣のおまじない的な改革路線はたくさんあります。が、それについてはまたの機会に譲ります。





