一言で言えば、自民党政権の下で公務員として働くことに限界を感じたためです。
私は国家公務員I種試験に合格して、いわゆるキャリア官僚として平成元(1989)年に経済企画庁に入庁しました。自分の能力を活かしつつ、世の中のお役に立てる仕事がしたかったために公務員の道を志したのでした。天下りなど頼まれてもするつもりはなかったので、補助金行政、許認可や規制といった内容の仕事がほとんど全くない経済企画庁(現・内閣府)を選びました。幸い立派な先輩や同僚に恵まれ、いまでもその選択は誤っていなかったと思います。
ところが長年勤務している内に国家公務員の仕事が自民党政権の強い制約を受けていることに気がつきました。行政が、時の政権の考えに左右されることはあたりまえのことですが、それが国民全体のことを思ってのコントロールではないことが問題です。
例えば、消費者保護政策についてはいろいろなアイディアを打ち出して、お年寄りや身体が不自由な方でも相談しやすくするために、今までは役所などで行っていた消費者相談を、相談員が出向いて地域で消費者相談を行う出前消費者相談制度を発案し、予算を獲得しました。また、消費者契約法を作ることにも参加しました。が、それ以上の消費者保護政策は自民党政権下では実現は出来ませんでした。自民党の政策の枠を越えることはできなかったのです。
また、景気判断を例に取ります。一部で批判を受ける内閣府(旧経済企画庁)による景気の判断についても、内閣府(旧経済企画庁)が客観的に下した判断について、自民党や、彼らと癒着した一部の利権官庁が横やりを入れ、最終的には、客観的な判断とはほど遠い政治的な判断によって彼らの思うとおりに改ざんされてしまうのです。これでは、公務員が全体の奉仕者であるのか、利権政治への奉仕者であるのか判らなくなってしまいます。このような環境で働き続けることには耐えられませんでした。(このような経験から天下りなどの業界と官界の癒着には絶対に反対します。)
先輩や上司も考え直すようにひきとめてくださいましたし、平成元年からの15年間の勤務では、老後の年金受給資格ももらえません。退職金も、何回か後援会報をみなさんにお送りすれば消えてなくなるほどの金額です。しかし、退路を断ち、思い切って退職し、政治活動をはじめました。






